第60話 “敵”は自分の心の中にいた | 佐藤政大 公式サイト

2008年10月8日、「第70回全日本ベテランテニス選手権大会」が始まりました。第1シードで出場したダブルストーナメント、1回戦は立川・藤本ペアを6-4・6−1で、2回戦は右近・綿谷ペアを6-3・6−3で撃破。準決勝となる3回戦は、中本九邦・金原明範ペアとの対戦です。中本選手は昨年の「関西オープン」シングルスで、金原選手は「全日本ベテランシングルス」で、それぞれ対戦した強豪です。

この試合、序盤から互いに1ブレイクを奪い合う接戦となりました。激しいラリーの応酬をラインギリギリで制したと思うと、すぐさま強烈なサーブで奪い返す。息を飲む展開に圧倒されかけますが、やるべきことをやれば必ず勝てると信じて反撃を試みます。

特に後半は体力的にかなり厳しくなりましたが、前回の対戦で得た経験を判断材料に練り直した対策が功を奏し、かろうじて6-4,6-3で振りきることに成功。この勝利により、僕たちはついに夢の「日本一」に王手をかけたのです。

さあ、いよいよ決勝戦。雌雄を決するのは、第2シードの小田切弘・浅井正之ペアです。5月の「関東オープンテニス選手権」決勝でも対戦した相手ですから、その強さは僕も身に染みて理解しています。ファーストセット、その警戒心から導き出した綿密な戦術が、相手の技術を上回りました。危なげない展開で6-0の完封で抑え込むことができたのです。しかしこの好調が、予想外の波乱を引き寄せることになります。

続くセカンドセット。前のセットで主僕はその緊張からプレッシャーに襲われて、平常心を失ってしまったのです。落ち着きを取り戻そうと、自分自身に「いつも通りに、いつも通りに」と言い聞かせますが、なぜか「いつも通り」には戻れません。

「日本一になりたい」という思いが強すぎるのでしょうか、気負いと邪念が重なってショットの精度が下がり、ボールがコートに入らなくなってしまいました。実はこの時、僕はいわゆる「勝ちビビり」に陥いっていたのです。

「勝ちビビり」とは、試合終盤に勝利が見えてきたことを意識した途端、緊張により今までのプレーができなくなってしまう状態を指します。

頼りにしていた黒田君も同じようで、二人の息が思うように噛み合いません。こうなるともう、相手との戦いというより、自分の心との戦いです。

僕たちはこの年出場した「東京オープン」、「関東オープン」、「関西オープン」の全戦で優勝。この大会も全試合ストレートで勝ち上がってきたことから、周囲からも「勝って当然」と思われていました。僕たち自身も「絶対に優勝しなくてはならない」という重圧を感じていました。そのことが「このセットを落とせば勝てる」と意識した瞬間、勝ちビビリを誘発したのです。

僕たちとは反対に、6-0というスコアに開き直った相手ペアは、すっかり肩の力が抜けたようでした。前のセットとは打って変わって会心のショットを連発、僕たちを翻弄(ほんろう) します。まだカウント上では僕たちが優勢なのに、試合の主導権を相手に握られてしまいました。

勝っている方が劣勢になり、負けている方が優勢になる。これがスポーツの不思議なところです。「このセットを取られたらどうしよう。ファーストセットは簡単に取れたのに、セカンドで追いつかれたら嫌だな」と思うと、ますます緊張してガチガチになってしまいます。

実力を出せないまま、試合はゲームカウント「6-6」でタイブレークにもつれ込みます。流れは完全に相手ペアに傾いている状況です。僕たちは「もうこのセットを落としても仕方ない、次のセットで頑張ろう」と腹を括らざるを得ませんでした。すると不思議なことに、霧が晴れるようにすっきりと雑念が消えて、平常心を取り戻したのです。

それまでとは一転、試合に集中できるようなり流れが一転。アグレッシブかつ堅実なストロークでラリーの主導権を取り戻すと、すべてがスムーズに進み出します。

相手ペアも再び一度流れを変えようと抵抗しますが、もう僕たちの優勢は揺るぎません。このタイブレーク、7-2で終止符が打たれました。優勝です。

ついにベテランダブルス「日本一」の称号を手に入れたのです。子供の頃からずっと夢見ていた「日本一」。それを今、ようやくこの手に掴(つか)むことができたのです。そう思った瞬間、大粒の涙があふれて何も見えなくなりました。

どうしても負けるわけにはいかなかったこの戦い、苦しんで苦しんで、ようやく栄冠を勝ちとったのです。優勝できた安心感とプレッシャーからの開放感で、その涙が止まることはありませんでした。

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