第43話 コート喪失の危機、再び | 佐藤政大 公式サイト

紆余曲折(うよきょくせつ)の末、なんとか無事に拠点を移した父のテニスクラブもまた、経営的には安定した状態を維持していました。僕もTスポーツクラブでのレッスンの傍ら、父のスクールでもジュニア強化コーチを引き受けていたので、その様子は肌感覚でわかっていました。そのような状況の中、父も僕も「もうこれで大丈夫」とすっかり安心していました。

しかしそんな折、再び父のスクールに試練が降りかかります。しかもまたしても「コート喪失の危機」という悪夢です。まさに目も当てられないありさまです。

ことの発端は、コートの持ち主である「宇都宮グリーンテニスクラブ」社長の急逝でした。その後唐突に、コートを相続した夫人から、「テニスコートを売却する」という通告があったのです。サトウテニススクールにとって、コートを失うことは廃業を意味しますので、何がなんでも手放すわけにはいきません。それに、あまりに突然の話ですから、こちらも大混乱です。すると夫人は、「すでに学校や建設会社など、この土地を欲しいという引き合いが来ているが、サトウテニススクールがテニスコートを買い取れば、他所には売却しない」と切り出します。

コート買い取り価格として先方が提示した数字はかなり高額ですが、こちらも相場がわかりません。僕たちはまず、信頼できる複数の不動産鑑定士から、正しい土地の価格を見積もることにしました。すると、実際の相場は提示価格の7割程度だと連絡がありました。そこで僕たちは婦人と話し合いの場を設け、交渉に挑みました。緊張の場面です。このコートを失ってしまうわけにはいかないのです。

僕たちは、相手の感情や状況に配慮しつつ、こちらの言い分を筋道を立てて説明し、互いが求めていることを洗い出して整理しました。多少難航はしたものの、最終的には双方とも譲歩し合うことができたので、相場よりは高めではありましたが、ある程度の金額で手を打つことに決めました。

なんとか、サトウテニススクールはこのまま継続できることになったのです。
しかしまあ、この問題も原因を突き詰めれば、父がきちんと契約書を交わさず、口約束でコートを借りていたことが発端です。今でこそ笑い話ですが、当時の僕は父に相当の不満を感じていました。

テニスコートを買い取ることが決定したので、今度はその資金を用立てるための融資をいくつかの金融機関に申し込んだのですが、受け入れてくれるところはひとつもありませんでした。なぜならサトウテニススクールは、父の個人事業だったからです。
しかし1行だけ、「法人化」を条件に融資を引き受けてくれる銀行がありました。そこで僕たちは気がつきます。「ならばすでに有限会社Vsignがあるではないか!」と。

何というタイミングの巡り合わせでしょうか。僕が会社を設立したことと、父の融資の間にはなんの関連もありませんが、偶然にもそれが重なり、役に立つことになったのです。これもきっと天国の母が導いてくれたに違いありません。

銀行には、Vsignが融資を受けてコートを購入し、父のスクールに運営を委託する形で申し込むことにしました。Tスポーツクラブから支払われる収入をベースに事業計画を提出したところ、収益性と成長性が評価され、融資は問題なく決定しました。

2005年10月、「宇都宮グリーンテニスクラブ」を「有限会社Vsign」が購入。と同時に「サトウテニススクール」は「サトウグリーンテニスクラブ」へとその名を変えました。ともに現在につながる第一歩です。ここまで本当に綱渡りのような展開でしたが、これで再び父のスクールも無事に運営を続けられることになりました。そしてこの奇跡は、とも東奔西走してくれたスタッフたちに支えられた結果でもあります。父も僕も、そのことに対する感謝を忘れたことはありません。

銀行への返済を抱え、Vsignはそれまで以上にTスポーツクラブでの事業に力を入れるようになっていきました。しかし、もっとたくさん稼ぎたいという思いとは裏腹に、僕たちを待っていた現実は甘いものではありませんでした。会員数が年々増加する中、僕たちの経営は今後も安泰だと思い込んでいたのですが、脇が甘かったのです。

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