第25話 バトルフィールド | 佐藤政大 公式サイト

僕が宇都宮学園に入学したその春、宇都宮学園はセンバツ甲子園に出場。春の大会は初出場ながら、ベスト4まで勝ち上がりました。

上野先生との出会いにより、導かれるようにその宇都宮学園へと進学した僕でしたが、入学早々に大きなショックに見舞われます。なぜかというとそれは、「男しかいない!」世界だったからです。
男子校だというのはわかっていましたが、頭で想像するのと、その環境を実際に目の当たりにするのとでは、これほど印象が違うのかと(笑)。

あの風景には本当に驚きました。しかも、凄みのあるヤツばっかりです。今では「文星芸術大学附属高校」となり、アート系や文科系の生徒も多く、さらに国立大学などへの進学を目指す生徒も在籍するようになりましたが、その当時はまだ普通の私立高校でした。それに、進学校ではなかったこともあり、ヤンキー比率が高かったんです。中学でもそんな人種はたくさんいましたが、ここささらにその密度が濃い。マジでヤバい所に来てしまった、そう感じた僕は、心の中で戦闘モードにシフトチェンジすしたのはいうまでもありません。「やられる前にやってやる」の姿勢です。

男だけなのは、生徒だけではありません。教職員も男しかいないのです。女性といえば、保健室と図書室に年配の先生がいるくらい。学校の事務関係には女性職員もいたようですが、僕たち生徒には直接関わらないので、学校で顔を合わせるのは「ほぼ男だけ」です。さらには、その男の先生もスゴかった。例えば僕の担任は柔道の有段者でかつ、ソビエト連邦の軍隊格闘術「サンボ」の日本チャンピオンという強者。彼は新任だっこともあり、異様にテンションが高く、ちょっとでも反抗的な態度をとると口よりも先に腕が飛んでくるような教師でした。

ある日、クラスメイトが学校の卒業生だった兄から譲り受けたダボダボのズボン、当時は「ドカン」とよばれていた改造制服を履いてきたのですが、それを見た担任は烈火の如く激怒。彼を見るなり無理矢理立たせ、殴りつけました。怒りに任せて振り下ろされた拳の威力は凄まじく、彼は教室のドアを押し破って廊下まで飛ばされてしまったのです。他の教師も肉体派が大半をしめており、中には自衛隊レンジャー出身の先生までいるほどでした。

生徒はおろか、教師もこの状態ですから、学校はいつも殺気立っており、気の休まる暇はありません。毎日のように、そこかしこで「俺の方が強いぞ」といわんばかりのマウンティングの応酬が繰り返されていました。

そんなある日、まるで映画のワンシーンようなケンカの場面を体験することになったのです。その映画の主人公は、なんと僕でした。以前から僕を気に食わないと思っていた他クラスの生徒から、校庭でケンカを吹っ掛けられたのです。当時は僕もキレまくっていましたから、そうなるのも当然です。というのも、以前は強い者から隠れてコソコソとしたり、言いなりになってしまっていた僕も、その頃は体も大きくなり、腕力で抵抗することを覚えたからです。時には、抵抗するだけでなく、相手を返り討ちにすることさえありました。

そうやって経験を積み、少しずつケンカに強くなっていった僕は、自分に過剰な自信を持つようになり、必要以上に自分から危険な状況に飛び込んでいくようになったのです。今まで弱かったコンプレックスを克服することに、心のどこかで密かに快感を感じていたんですね。もちろん、表層意識ではそんなことには気付いていませんでしたが、心の奥底の深層心理で、きっとそう認識していたのだと思います。ですから当時の僕は、飢えた野良犬のように相手構わず挑発するようなところがあったのです。

そんな状態でしたから、戦うか、逃げるか、どちらか1つを選ぶとすれば、戦う方を選ぶのは当然です。まして売られたたケンカですから、倍返しにしてやらないと収まりがつきません。この学校では一度なめられたら最後、卒業まで相手の都合に合わせて動かされる身分が確定します。それどころか、他の生徒との上下関係までが決まってしまうのです。

いざケンカが始まると、あっという間に二人の周りから生徒たちがいなくなりました。暗黙のルールにより、ケンカのスペースが設けられたのです。そして僕たちを取り囲むように、おおきな人の輪ができ上がりました。一瞬にして校庭がリングに変わったのです。前にも書きましたが、当時の僕の心はかなりひねくれており、目つきも相当悪かったに違いありません。その割には髪型や服装は荒れていなかったので、相手も僕を見くびっていたのでしょう。しかしこっちは毎日テニスで体を鍛えていますから「そう簡単には負けるはずはない」と信じて向かって行きます。本当はビビる気持ちがなかったかといえば嘘になります。でも、そんな自分の弱い気持ちにだけは、もう負ける訳にはいかないのです。

リングの中央には僕たち二人だけ。手出しする者は誰もいません。僕らは野良犬のように眼の色をかえ、相手に向かって行きます。猛烈なつかみ合いが始まったかと思うと、突き放しては殴り、殴られる。しばらくはどちらが優勢ともわかりませんでしたが、僕は一瞬の隙をついて相手のアゴに思い切り拳を叩き込むます。

「バサッ!」と音を立て、相手は倒れ込みました。恐らく軽い脳震盪を起こしたのかもしれません。「これで勝負が決まったなら良いのだが……」。そんな思いが胸を過ります。周囲では大勢の生徒たちがいるはずなのに、僕の耳には物音ひとつ聞こえず、まるで静まり返っているようでした。

相手は地面に倒れていましたが、助けに来る者はだれもいません。まさに西部劇の決闘シーンのようです。しばらくすると、うずくまっていた相手が意識を取り戻します。もう彼に戦意はない。そう感じた僕は、相手に手を差し出して起き上がらせました。何と言ったのかははっきりとは憶えていませんが、「大丈夫か?」とでも言ったのでしょう。相手もそれに応え、「俺が悪かったんだ、ゴメンな」。そんな会話を交わしたように思います。すると自分でも不思議ですが、二人の間に爽やかな風が吹き始めました。あれ、この展開、今度は青春ドラマのようです。自分でも書いていて恥ずかしくなりますが、でも本当にこんな感じだったんです。

かつて強い相手には謝ったりへつらったりして、穏便に事を済ませようしていた僕でしたが、この頃にはそんな自分の弱さは克服していました。こちらが悪くないのに一方的に譲るというのは、自ら自尊心を傷つける行為です。主張すべきことは主張する。それができないのは、相手を怒らせたり、何かされたら怖いという「恐怖心」があるからです。謝ることで、その恐怖から手っ取り早く逃げ出したいと思ってしまうのです。
でも、もし何が起こっても対処できるという自信があれば、卑屈にならず堂々と相手に対処できるはずです。当時、その自信の裏付けとなるのが「腕力」でした。特に男性同士においては、ケンカの場面に限らず、日常的な様々な関係性でこの腕力への自信が、互いのポジショニングに微妙な影響を与えるのです。それは、大人になっても少なからず関係しているように思います。

誤解しないで欲しいのですが、僕は何もケンカや暴力を奨励しているわけではありません。僕が伝えたいのは、腕力への自信をもつことで、理不尽な目にあった時でも自分を貶めることなく堂々と渡り合えるようになる。そういう男というのは、仲間からも一目置かれる存在にななれる。そういうことなのです。それにはスポーツで体を鍛えることも、とても大切なのではないでしょうか。スポーツを続けると、体力だけなくメンタル面も鍛えられます。どんな苦境に負けずに前向きな人生を送るためにも、ぜひスポーツに取り組むことをお奨めします。

 

 

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