第50話 日本一になりたい | 佐藤政大 公式サイト

話は30歳を迎える頃に戻ります。

その頃の僕は「なぜテニスをやっているのか?」という思いを強く抱くようになっていました。このままテニスを続けて、何をすべきなのか。何をすれば良いのか。まったくわからなくなってしまったのです。
なぜなら、かろうじて「栃木ナンバーワン」の座だけはキープしていたものの全国的には中途半端なレベルで、ランキング上位には程遠い成績のまま、ずっとくすぶっていたからです。

毎日毎日、テニススクールの仕事に追われて疲れ切っていました。練習する時間も気力も失ってしまい、完全にトレーニング不足の状態です。

それでもなんとか大会に出たいという思いは消すことはできません。しかし試合に出場するには、目の前に抱えている膨大な仕事を片付けなくてはなりません。大会期間中はテニスに専念するため、仕事が全くできなくなってしまうためです。
その結果、以前にも増して仕事に忙殺されてしまって、ますます練習ができなくなってしまうという悪循環。完全に「負のスパイラル」に陥っていました。

そんな状況の中でも、毎年欠かさず出場を続けていた大会がありました。
テニスの日本チャンピオンを決める「全日本テニス選手権」です。1922年(大正11年)に第1回大会が開催された、伝統と名誉ある国内最古の大会です。
ずっと不調だったとはいえ、僕の心のどこかに「優勝して日本一になりたい」という思いが絶えず疼(うず)いていました。出場しても勝てないことはわかっていましたが、それでも諦めることはできませんでした。
そんな熱い思いとは裏腹に、僕は練習不足のまま本番を迎えてばかり。いわば「試合が練習」の状況でしたから、強豪揃いの全日本ではまるで歯が立たないのが実態でした。

そこで僕は、「日本一」という夢を叶(かな)えるために、出場カテゴリーはシングルスからダブルスに切り替えることにました。シングルスでは個人の能力がそのまま実力差になってしまいますが、ダブルスではパートナーとの相性や連携が鍵となるからです。
もちろん個人のパワーや技術も大切ですが、シングルスの強い選手同士が組んだとしても、勝てるとは限らないのがダブルスの不思議なところです。言い方を変えれば、たとえ格上ペアとの対戦であっても、ダブルスならばコンビプレーや駆け引きなどでクレバーが戦い方ができれば勝利に持ち込める可能性があるのです。

戦術的に複雑になる分、ダブルスの方が難しい面もありますが、1人がコートカバーする範囲が狭いため、シングルスよりも運動量が少なくて済みます。それに技術で勝負できる要素が大きいので、フィジカル面でのハンディも払拭(ふっしょく)しやすくなります。

ダブルスに出場するにはパートナーが必要です。そこで僕が声をかけたのが、小学生の頃から対戦を重ねてきた伊藤忠大選手でした。彼は東京都出身ですが福岡県の柳川高校に進学した実力派のプレーヤーです。柳川テニス部といえば、福井烈や松岡修造一を輩出してきた高校テニス界の名門。

中学までの伊藤君はそれほど目立つ選手ではなく、僕の方が強かったのですが、名門校で高い目標に向かって切磋琢磨(せっさたくま)を重ねた彼は、その能力を開花。インターハイのトーナメントでは、僕より上のラウンドまで勝ち上がるまでに成長していました。高校3年間の間に二人の実力は完全に逆転してしまい、その差は歴然たるものとなっていたのです。

そんな伊藤君と僕は不思議と気が合いました。意気投合した僕たちは、高校3年生の時に一度だけ、学校の枠を超えてダブルスを組んで大会に出場します。1990年に東京で開催された「第69回毎日テニス選手権」です。18才以下のクラスに出場した二人は、どういうわけかいきなり優勝を飾ってしまい、自分たちでも驚いたものです。

高校卒業後、伊藤君は近畿大学に進学します。高校時代の実績により、入学金・学費免除のスポーツ特待生としての入学でした。一方で僕はといえば、複数の大学から声はかけてもらったものの、学費免除が認められるほどの成績は残していませんでした。当時の佐藤家の経済状況では、大学の学費を払うことは不可能です。僕は大学進学を諦めざるを得ませんでした。その現実を突きつけられた時、ひどく落ち込んだことを今でもはっきりと覚えています。二人の置かれた状況を比べると、まるで天と地の差があるように思えたからです。

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