第40話 人生の師匠 | 佐藤政大 公式サイト

根本さん。それがオヤジさんの名字でした。僕は親しみを込めて「ネモじい」と呼ばせてもらっています。ネモじいは僕をとても可愛がってくれて、何かにつけて食事や飲みに連れて行ってくれました。ネモじいが見せてくれる世界は、それまでテニスの中心に生きてきた僕にとって、未知の領域ばかりです。見るもの聴くものすべてが社会勉強となり、僕の視野は大いに広がっていきました。

ある夜、地元の有力者とされる「会長」を交えて、3人で飲んでいた時のことです。会長がタバコを切らせた様子を見せると、すかさずネモじいが、さっとタバコの箱を手渡しました。それも、会長が愛煙しているタバコと同じ銘柄のものです。

会長が席を外すと、ネモじいが僕に語りました。
「タバコが切れてから、店員にタバコがあるか尋ねてるようじゃダメなんだぞ。切れたそぶりを見せたら、すぐに自分で出せるように準備しておくんだ。それがおまえの株を上げることになる」

そして「政大、おまえにとって大切だと思える相手がいたら、その人が好きなものを良く見ておくんだぞ。タバコのようにそれほど高価でないものでも、その小さな気遣いで相手はおまえを気に入ってくれるようになる。そうやって、おまえのファンをたくさん増やしておくと、いつかはおまえを引っ張り上げてくれるし、困った時には手を差し伸べてくれるからな」と続けました。
さらに「政大、次から会長に会う時は必ず甘栗を買っておくといい。あの人の好物だから」と教えてくれたのです。

以来、僕は必ず会長と会うときは欠かさず甘栗を用意するようになりました。そして会長以外の方とお会いする際も、「相手が好きなもの」に対する配慮を常に心掛けるようになったのです。

ネモじいは様々なコミュニティで幅広い人脈を持っていました。そして僕を多くの方々に会わせては、「こいつ、県でナンバーワンのテニス選手なんだよ」と紹介してくれました。すると相手の方々も「根本さんの知り合いなら」と、すぐに僕に心を開いてくれたのです。

そんなネモじいですから、異性からのモテぶりも半端ではありません。ダンディでもなければ、イケオジでもない、お腹の出掛かった中年オヤジでしたが、彼の傍らにはいつも美女の姿がありました。

どうして彼はそんなにモテるのでしょうか。その答えは、50歳を過ぎているにもかかわらず、「どうすれば女性に好かれるのか」ということに本気で向き合っている、彼の姿勢にありました。

モテることへの情熱は、当時20代だった僕でさえ敵わないほど。いつも相手の女性の気持ちになって、どうすれば喜んでもらえるかを必至で考えていました。

実際ネモじいは、男女問わず多くの人から愛され、頼りにされていましたが、それは生まれついての才能ではありません。ネモじいは「気遣いの人」だったのです。彼の愛されキャラは、相手から気に入らってもらうためなら努力を惜しまず、ひたむきに頑張り続けてきた結果なのです。周囲の人が自然とついてくるような振る舞いの裏には、人知れぬ苦労が隠されていたのです。

彼の身近にいさせてもらったことで、僕はその人生哲学を肌感覚で身につけることができました。ネモじいから学ばせてもらった全てが、その後の僕の人生で掛け替えのない大切な財産となっています。

ネモじいのおかげで、テニス関係者以外の人脈も大きく広がりました。それだけでなく、彼の教えを実践することで、不思議なほど出会いにも恵まれるようになりました。出会いがさらに人を呼び、自分が必要としているタイミングで必要な人と新たに出会える。そんな偶然が重なるようになったのです。

今の僕は多くの人に支えられていますが、もしあの時ネモじいと会っていなかったら、まったく別の人生を歩んでいたかもしれません。

僕はネモじいへの感謝を忘れません。もう出会ってから20年以上が立ちましたが、今でも正月と彼の誕生日には必ず挨拶に伺っています。ネモじいも僕が顔を出すと喜んでくれます。
でも本当に彼が喜んでくれるのは「僕がテニスで勝つこと」です。僕の勝利を喜んでくれる人がいることは大きな励みであり、もっと強くなりたいという意欲の根源でもあります。

こんな俺でも、大切な人の役に立つことができる。そういった気持ちを感じられるって、人としてとても幸せなのかもしれません。

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