第31話 得意技 | 佐藤政大 公式サイト

何を隠そう、僕は2つの得意技を持っています。1つは相手のネット際にポトンとボールを落とす「ドロップショット」。そしてもう1つが、頭上をロブで抜かれてしまった時、ネットに背中を向けた状態で自分の両足の間から打ち返すトゥイーナー、つまり「股抜きショット」。

1つめの得意技である「ドロップショット」を、初めて使ったのは小学生の頃。
いつも「どうやったらポイントを取れるか」と真剣に研究を重ねた結果到達した決め技で、実際のゲームでもポイントを獲得するための戦術として非常に効果的でした。

しかしこのドロップショット、父からは「卑怯な技」として封印されてしまいます。というのも「100回打たれたら101回打ち返せ」、「相手がミスするまで打ち返し続けろ」というのが父の方針だったからです。ラリー中に意表を突いて相手を前後に揺さぶるのに有効な技でしたが、勝ちにこだわる割には、ドロップショットを認めない父に対し、僕は激しい憤りを感じて、時にはケンカとなったこともありました。

当時の僕は「この技を多用すれば、もっと簡単に勝てる」と信じていたのです。しかし今考えると、正確なラリーを続けられてこそ、このトリッキーなショットが生きるわけで、ドロップショットばかり打っていては相手から警戒され、反対に裏を読まれてしまいます。

高校に入り、父の元を離れてテニスをプレーするようになると、僕はこの技を実際に使用するようになりました。しかしその根本には、ラリーを長時間続ける基礎体力と技術、そして使うべきタイミングが来るまで耐え凌ぐ忍耐力が必要です。その3つの力を養ってくれたのが、父がこだわる「100回打たれたら101回打ち返せ」の教えだったのです。

そもそも「ドロップショット」は、決まれば派手でカッコ良いのですが、反面ミスを誘われやすい技でもあります。相手のボールがバウンドする瞬間の“上がり玉”を打つ必要があるため、タイミングを見極めるのが難しく、さらにボールの軌道も安定しないので、打ち返せてもネット際に落とのが難しい高等テクニックです。
ですから父は、まだ小学生だった僕に対して、華やかな技よりもむしろ、基礎的な技術を体得することが先決だと考えていたのでしょう。今、自分の教え子たちを見ていると、あの頃の僕のように見た目のカッコ良さを求めてしまい、地道な練習を我慢する力がない子どもが大勢いることに気がつきます。実際に自分が体験したことですから子どもたちの気持ちも良くわかるのですが、だからこそ僕は教え子に我慢して耐え凌ぐことの大切さを教えていきたいと考えています。

もう一つの得意技である「股抜きショット」は、高校時代に身につけたテクニックです。アルゼンチンの女子プロテニス選手、ガブリエラ・サバティーニがポイントを取った映像に刺激され、ひたすら練習を重ねて体得ました。

頭上を越えたボールを追いかけ、相手に背を向けたまま自分の股の間から打ち返す、非常に難易度の高いこの技。時にラケットで自分の股間を強打して悶絶したことも数知れず……。走りながら正確な位置に軸足を決め、後ろ向きで低い位置でボールを当てるタイミングを測りつつ、ネットを越える角度にラケットを捻りながら振り下ろす必要があるため、コツを掴むまでは本当に苦労しました。しかし一度自分のものにしてしまえば、打つ瞬間まで相手にコースを見破られないため、ゲームではとても有効な技となりました。見た目的にも頭上を抜かれてしまったピンチから一気に形勢を逆転する派手さがあり、成功すれば拍手喝さいを受けるスーパープレイです。その一方で、コミカルな動きにも見えるため、「ふざけてる」とひんしゅくを買うことも少なくありませんでしたが……。

実際、高校1年の夏の県大会でこの「股抜きショット」を決めたところ、相手校の監督から上野先生にクレームが入ったこともありました。けれど僕が「ルール上問題ない」と説明したところ、先生は僕の主張を認め、相手校にも波風を立てず穏便にその旨を伝え擁護してくれたのです。いつも「大人は信用できない」と決めつけていた僕ですが、この一件で上野先生に対する信頼をより深めることができました。

これは、大人の組織でも同じことだと感じています。
よく「信用できる従業員がいない」と愚痴をこぼす経営者がいますが、それは「社長が従業員を信じていないから、従業員も社長を信じられない」のだと思います。テニスクラブの経営を通じて、少なくとも僕は、従業員を信じて向き合っていきたいと考えています。

信じなければ、従業員はただ言われたことだけを効率よくこなす存在となり、労使で助け合うことも、組織の役に立とうとする意欲もなくなります。しかし従業員を一緒に英知を結集して働いてくれている同志だと思えば、自然と従業員の可能性を信じるようになりますし、従業員もそれに気づき、組織の一員として目的を共有し、自ら考え動いてくれるものです。

業績が振るわないのは、本当に社員のせいしょうか?
社長が社員を信じないことが問題ではないですか?

教師と教え子の関係もまた然りです。
僕もスクールの教え子たちを信じて認めてあげることを大切にしています。そのことが、子供たちの可能性を引き出し、自ら能力を高めたいという意欲に繋がるからです。

—— あの頃の上野先生と僕のように。

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