第29話 勝利の涙 | 佐藤政大 公式サイト

インターハイ出場の約束を果たした僕は、新たな目標を胸に秘め2年生の春を迎えました。
その目標とは、昨年は満足のいく結果を残せなかった、ダブルスと団体戦のリベンジです。その雪辱を果たすため、上野先輩や僕、部の仲間たちも一丸となって、新学期から無我夢中で練習に励むことになります。

まだ新入生が入って間もない4月下旬。さっそく練習の成果を問われる機会が訪れました。関東大会の県予選です。まずはシングルスですが、こちらは今回も順当に勝ち上がることができました。

そしていよいよ、ダブルス戦です。否が応にも気合いが入ります。なぜならこの時のために、限界を超えるほどの練習を、上野先輩と一緒に重ねてきたのですから。練習は裏切らないと言いますが、この時の僕たちはまさにその言葉通りに力を発揮します。1年間も寝食を共にして鍛錬を積んだ僕たちは、息もピッタリです。決して楽なトーナメントではありませんでしたが、上野-佐藤ペアは快進撃で突き進み、まさかの優勝。本戦の出場権を手堅く勝ち取ったのです。

しかし団体戦では、県下きっての進学校であるU高校が、僕たちの行く手を阻みます。シングルスやダブルスは、選手個人の実力も勝負を決める大きな要素となりますが、団体戦でモノを言うのは、メンバー全体の総合力。進学校でありながら、テニス伝統校でもあるU高校は選手層が厚く、それぞれの力のバラツキもありません。加えて団体戦での経験も僕たちよりも豊富です。その実力差の前に、残念ながら涙を飲む結果となりましたが、翌年のリベンジをみんなで誓い合ったのです。

団体戦での出場は叶いませんでしたが、関東大会本戦はシングルス・ダブルスでのエントリーを果たしました。舞台は東京の有明テニスの森公園です。大会に向け、上野先輩と僕に加え、団体戦で一緒に戦った小池先輩と髙橋君も同行しての上京となりました。しかし期間中はあいにく連日の雨となり、試合は順延が続きました。有明はハードコートのため水はけが悪く、雨が降るととても滑りやすく危険なのです。

そんなある日の午後、事件が起きました。その日も試合は順延となり、先生からは自由行動が許されたため、僕はひとり原宿に向かいました。中学生の頃に都内の仲間たちと良く訪れていた「セーラーズ」というアパレルショップを、久しぶりに覗いてみたくなったのです。とはいえ、夕食の集合時間が決まっていたので、あまりのんびりはできません。部活動は団体行動が基本なのです。

約束の午後7時に僕はホテルに戻り、髙橋君とともに集合場所であるテーブルに着いて、みんなが来るのを待ちました。やがて引率の先生方も着席されたのですが、待てど暮らせど先輩二人がやって来ません。実はこの時、先輩たちはパチンコ店にいました。そして幸か不幸か上野先輩の台が当たってしまい、集合時間を過ぎているとわかっていたにも関わらず、止めるに止められなかったのだそうです。

結局、先輩たち2人がホテルに戻ったのは約束の時間を大幅に過ぎてから。そしてその日の晩、先生が鬼の形相で僕たちの部屋にやって来ました。もちろん、悪いのは先輩たちだけなのですが、叱られるのは僕も一緒です。部活動は団体行動が基本であり、1人のミスはみんなのミスなのです。

僕たちは部屋の中で横一列に並ばされました。当然ながら、全員直立不動の姿勢で臨みます。まず初めは、入口に一番近い位置に立っていた小池先輩の前に、先生が向かい合います。とその瞬間、先生の平手が先輩の頬に飛びました。

「バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!」。
無言の往復ビンタが10数発。先生の顔はすさまじい気迫に溢れています。ふと先輩を横目でのぞくと、顔面に血が滲んでいました。次に先生は、隣にいた僕の前に仁王立ちします。先生の腕が顔の高さに伸びると、思わず体が硬直しました。しかし逃げ出すことはできません。

「バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!」。
激しい痛みとともに、頭を揺さぶる衝撃が全身に駆け巡りましが、それでも歯を食いしばって耐え抜きます。それしかないのです。

気がつくと先生は、もう僕の前にはいませんでした。すでに上野先輩の前に移動していたのです。そしてまた「バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!」と、横なぐりの連打が続きました。

最後は僕と同学年の髙橋君の番です。鞭のように唸りをあげて、先生の手のひらが髙橋君の頬を目掛けて飛んできます。そしてその手のひらが当たる瞬間、なんと髙橋君のポッチャリした体が、横方向に吹っ飛んでいくではありませんか。
いえ、正確に言えば「当たる瞬間」ではなく、「当たる直前」が正しい。殴られることに恐れを成した髙橋君は、自らの力で“横っ飛び”してビンタから逃げたのです。それもベッドに向かって!

その臆病さは激しく糾弾されて当然なのですが、あまりに無様な姿にみんな痛みを忘れて大笑い。しまいには先生もあきれて笑い出してしまったほどです。結局、髙橋君だけが先生に殴られないまま、その夜の懲罰は終了となりました。

雨は翌日以降もやむことがなく降り続け、関東大会の本選は流れてしまいました。僕たちは試合に出ることもなく、ただ殴られるためだけに上京したようなものでした。それにしても、あの時の髙橋君が宙に舞う姿は忘れられません。どんなに辛いことがあっても、あの姿を思い出すだけで笑いがこみ上げるほどです。

その年の夏。
迎えたインターハイの県予選でも、僕はシングルス優勝。ダブルスでも、上野先輩と組んで優勝を収めました。残す団体戦でも優勝を決められれば、昨年のリベンジを果たすことができます。ですが勝負は時の運。何があるかわかりません。身を削るような練習を積み重ねてきた僕たちは、闘志むき出しで勝負に挑みました。そして幸運にも決勝まで駒を進めることができたのです。

よし、あと一歩。そんな僕たちの前に立ちはだかったのは、なんと昨年の関東予選で苦杯をなめさせられた「T工業高校」です。しかし裏を返せば、これはリベンジにもってこいの展開です。

団体戦はダブルス1試合、シングルス2試合、合計4人で戦います。最初のシングルス1試合目は、僕が出場し勝利。しかし続くダブルスでは小池・髙橋ペアがは力負け。勝負の行方は、シングルス2試合目の上野先輩に託されました。
相手は昨年の大会で上野先輩を破った因縁の選手です。僕たちは息を飲んでゲームの流れを見守りました。試合は追いつ追われつのシーソーゲームでしたが、上野先輩は粘りに粘ります。そして徐々に流れは傾き始め、試合は完全に上野先輩ペースに転がります。最後は相手のミスを誘い出し、見事に勝利を収めることができました。先輩にとっては、3年生最後の試合での勝利でした。
また、個人戦で戦うことがメインだった僕にとっても、この試合はみんなで力を合わせることの歓びを教えてくれた、貴重な経験にもなりました。

上野先輩が得たこの勝利によって、宇都宮学園はシングルス・ダブルス・団体戦の三冠を獲得、さらにはインターハイ出場も果たしました。これは、宇都宮学園硬式テニス部にとっても創部以来の快挙です。気がつけば僕の目は、いつの間にか大粒の涙で一杯にあふれていました。

それまで負けて泣いたことは何度もありましたが、勝って泣いたのは、この時が初めてでした。

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