第23話 もう逃げない | 佐藤政大 公式サイト

中学入学当初は体も小さかった故に抵抗できず、悔しさを噛み締めながら力に屈服せざるを得なかった僕も、3年生になる頃には、身長も170センチを超えるほどになっていました。

しかしそれと裏腹に、いや、それゆえに、心の中は非常に荒んでいました。
「もう力では負けたくない、自分のプライドに嘘をつきたくない」。
そう心に誓った僕は、いざという時いつでも対抗できるよう体を鍛えまくりました。相手につけ込ませる隙を与えなたくなかったのです。

やがて気持ちもどんどんと先鋭的になりました。
他校の生徒と見れば自分からガンを飛ばし、絶対に視線をそらすことはしませんでした。激しい敵対心から、時として実際のケンカに発展することもありました。そんな時は、やられる前にこちらから先制攻撃を仕掛けました。

本当にくそったれな少年時代でしたが、それでも僕の心は満足していました。なぜなら僕は「逃げ」なくなれたからです。体のでかいヤンキー先輩たちにど突かれ、ビクビクして逃げ回っていた“あの頃の自分”を克服できたのです。いじめられていることを真正面から受け止められず、心の中でごまかしていた“あの頃の自分”を乗り越えられたのです。

そうやって僕は、いつも何かと必死で闘っていました。でも、本当の敵は目の前の相手ではなく、過去の自分だったです。本音で言えば、敵対する相手も凶暴な奴らばかりでしたから、常に臨戦態勢でいること自体が怖くて怖くてたまりませんでした。

でもそれより、逃げる自分が怖かった。一度でも逃げてしまえば、過去の自分を乗り越えた自信は一瞬で崩壊してしまう。諦めてしまった自分の心を、そっと抱きしめていた日々に、また再び戻ってしまう。そう感じたのです。

ピリピリとした毎日でしたが、それでも僕は良かったと思っています。もしあの時、昔のように弱いままだったら、負け犬のような自分を許せず、学校にも行かなくなり、テニスの道も諦め、家に閉じこもって投げ遣りな人生を送っていたに違いありません。

幼い頃から、テニスという勝負の世界に身を置いてきた僕にとって、負けることほど悔しいことはありませんでした。根っからの負けず嫌いだったのです。その性格は、テニスにおいてはプラスに働きましたが、学校生活の中では逆に足かせとなりました。

中学に入ると、その傾向はさらに強まりました。教師には口で敵わず、先輩には腕っ節で敵わず、今まで以上に敗北感を覚えることが多くなったためです。負けず嫌いの僕は、そこで闘うことを諦めることにしました。負けず嫌いだからこそ、「勝てない勝負はしない」という行動に出たのです。
でも内心では、そんなズルい自分が嫌で嫌でたまらなかった。戦いに挑まなければ相手に負けることはないけれど、それはつまり、自分に負けていることだと、心のどこかで感じ取っていたのです。だからこそ、怖くても自分の力を信じ、強そうな相手にも向かって行けるようになれたことは、僕の人生にとって大きな意味を持ちました。

でも、僕を含めて、周りにいた不良少年たちのことを今あらためて見つめ直すと、本当に悪い奴らはいなかったようにも思います。ただひねくれていただけで、本気で何かを破壊しようなんて、誰も考えていなかった。決して弱い者いじめはせず、ケンカを挑むのは自分よりも強そうな相手ばかり。みんな僕と同じように、強い相手に立ち向かうことで、自分の弱さを断ち切ろうとしていたのです。彼らが眉毛を細く剃ったり、トサカを立てたような髪型にするのは、強い相手と戦う自分を強く見せるためなのです。

そんな彼らが反抗的だったのは、個性を殺し、息を潜めて生きていかなくてはならない「学校」という閉ざされた社会の中で、必死で大人へメッセージを送っていたからに違いありません。少なくても僕は、そう感じるのです。

理由もわからないまま強制的にルールを押し付けられる。
そんな理不尽な振る舞いに対して、何とか言い返そうとしてもそれができず、逆に理屈で抑え込まれてしまう。
僕らの主張に耳を貸さない大人たちの態度がが対立の構図を生み出し、状況をさらに悪化させていく。
そんな負の連鎖が繰り返されてきたように思うのです。

個性的であるがゆえに、上手く“カタ”にはまれず、才能があるがゆえに押しつぶされ、未来へ拓かれるはずの可能性を踏みにじられた少年も、きっと少なくなかったはずです。自分の気持ちを言葉でうまく伝えるだけの能力を持てなかった彼らは、その思いを髪型や服装というカタチに換えて抗議の意志を伝えたのです。それでも気付いてもらえない悲しみが怒りへと変わり、暴力や暴走へと行為がエスカレートしていったのでしょう。

もちろん、他人に迷惑をかけたり傷つけたりするのは、許されることではありません。本人が意図せずともそうなってしまった場合も含めて、大人になった僕たちは、きちんと反省と謝罪をしなくてはなりません。
そのことを踏まえた上で僕が伝えたいのは、非行に走った子供たちの心の奥にある「尊重してもらえない」「理解してもらえない」といった失望感です。

まだ大人になりきれていない彼らの心は、悲しみを真正面から受け止めることに耐えられず、突っ張ってしまうのです。すると、その悲しみの矛先が「期待していた当事者」、つまり大人へと向かってしまい、激しい怒りへと変わるのです。期待していたのに裏切られたという悲しみが、攻撃へと変化していくのです。もちろん、当事者たる大人は期待されていること自体知りませんし、仮に知っていたとしても、それは「甘え」にしか映らないのでしょう。

そう。本当のところ僕たちは、甘えていたのかもしれません。僕が父に反抗していた気持ちの奥底にだって、「理解して欲しい」という期待感があふれ出していたのです。それは幼い子供が親にダダをこねるのと同じで、人間が抱える根源的な欲求に他なりません。誰だって愛されたいのです。大切にされたいのです。でもあの頃の僕は、そんな自分の深層心理には全く気がつきませんでした。あるいは気がつかないふりをしていたのかもしれません。

子供たちを指導する立場となった今、僕はひとり一人の個性を尊重し、それぞれの才能を可能な限り引き出してあげたい。そう思うのです。

とはいえ昨今では、昔よりも個性を大切にする社会になってきているようにも感じています。と同時に、個性を自分勝手とはき違える人も多くなったようにも思います。自分の個性を大切にするということは、他人の個性も大切にすること。相手の立場に立って社会全体を俯瞰し、人様(ひとさま)に気を遣うことです。

その基本となるものが「挨拶(あいさつ)」と「礼儀」です。
僕のスクールではこの「挨拶」と「礼儀」を、とても大切にしています。
その根底に流れているのは、人に感謝する心。このこと忘れてはいけません。

人生には良いことだけではないし、むしろそれ以上に辛いこと、悲しいことに溢れていることでしょう。自分の人生を振り返っても、やはりそうでした。でもそんな苦境に立たされた時、いつも僕を支えてくれたのは、人生の先輩方や仲間たち、家族でした。みんなと出会い、進むべき道を修正してもらえたおかげで、ヤケを起こさず、新たなチャレンジに歩を進めることができたのです。もちろん、成功ばかりではありませんでしたが、例え失敗したとしても、僕は彼らが指し示してくれたチャンスがあったことに「感謝」したいのです。

 

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