地元中学校へ入学する頃になると、僕も年相応に思春期を迎えました。クラスには他の小学校出身の生徒もたくさんいて、「新しい出会いもあるかなぁ」などと甘い期待もしていました。
そんな僕にとって忘れられないのが、1年の時に同じクラスだったリエちゃんです。僕は恋の予感めいたものを感じていましたが、当時は密かに想いを寄せるのが精一杯で、告白できほどの度胸はありません。少し大人びていたとはいえ、まだまだ子供ですから。無垢な少年の胸は、純粋に彼女を想う気持ちで焦げ付きそうでした。あの頃のことを思い出すと、今でも胸がきゅんと痛くなります。
リエちゃんが、家庭の都合で大阪の中学校へ転校することを知ったのは、進級も間近に迫った3学期のことでした。このままでは、もう会えなくなってしまいます。何とかこれからもリエちゃんと連絡を取り続けたいと考えた僕は、思い切って彼女に直接切り出しました。
——「住所を教えてください」——と。
それが当時の僕にできる精一杯。やはり告白なんて、どうやっても無理な話でした。
そんな僕の秘めた恋愛感情を置き去りにしたまま、あっと言う間に季節は移ろい、彼女は大阪へと旅立っていきました。宇都宮にひとり残された僕は、リエちゃんを忘れることはできません。当時は本当に一途だったんですね。え?、もちろん今もそうですが(笑)。
そんなピュアな心を持つ僕に、運命の神様も気を病んだのでしょう。天の計らいを授けてくださりました。なんと、大阪で行われるテニスの試合に出場することが決まったのです。早速、僕は「試合で大阪にいくからぜひ会いたい」と彼女に手紙を書きました。
そうして、ドキドキしながら彼女からの返事を待つこと数日。自宅のポストに大阪からの手紙が届きました。不安と期待で張り裂けそうでしたが、勇気を出して手紙を開封し、早る気持ちを抑えるように一字一句をなめるように読んでいきました。するとそこには「私も会えることを楽しみにしています」の文字が。
もうメロメロです。それは今まで生きてきた中で、一番幸せな瞬間でした。それからすぐに、僕は彼女の家までの電車の乗り換えルートと駅からの道筋を調べました。父親譲りの行動力です。
やがて、指折り数えた大会が始まり、僕は大阪へと向かいます。ですが、すぐに会えるわけではありません。会えるのは、試合が終わった後。つまり負けた時です。翌日に試合を控えていると自由な時間が取れないですから。負けるのは悔しいけど、リエちゃんと会えるのはもっと嬉しい。そんな複雑の心境中、ついに負け試合を迎えました。
僕にとって最後となるその試合が終了したのは、午後の遅い時間でした。一通りの手続きを終えてから、リエちゃんに電話を入れました。当時は携帯電話なんてありませんから、かけるのは彼女の家の固定電話。
「お父さんかお母さんが出たらどうしよう」などと不安を抱えながら電話しました。すると、幸いにもリエちゃん本人が受話器を取ってくれました。辺りはもう暗くなりつつあります。高鳴る胸を抑えながら「今から会いに行くよ!」と伝えると、僕は急いで電車に飛び乗りました。
急いだのは、その日のうちに東京行きの高速バスで帰らなくてはならなかったからです。時間を計算すると、会える時間は30分もないほどです。本当に短い時間ですが、あることを実行するつもりでした。しかし次に会えるのはいつになるかわかりませんから、今日こそはきちんと告白ようと心に決めていたのです。電車の中で、何度も何度も事前に考えてきたセリフを頭の中で繰り返し練習します。もちろん、筋書き通りに運べる自信なんてこれっぽちもありません。心の中は、不安と期待でもうイッパイイッパイ。崖っぷちに立つような心境の中、気がつけばもうリエちゃんの自宅の最寄り駅です。こうなったら度胸で勝負するのみと覚悟を決め、約束の公園に向いました。すろと、そこには少し大人びて綺麗になった理恵ちゃんが……♡。
そこから先のことは、今はまったく思い出せません。きちんと告白できたのか、リエちゃんはなんと答えてくれたのか。恐らく見事に撃沈されたのでしょう。人って、悲しい出来事は忘れてしまうものなんですね。