第12話 ラケット1本で世界と中に友達を | 佐藤政大 公式サイト

生まれて初めての海外遠征。約11時間の空の旅を経て、いよいよアメリカ西海岸に到着です。最初の目的地であるロサンゼルスでは、UCLA(カリフォルニア大学・ロサンゼルス校)を見学。キャンパス内には同年5月20日にオープンし、その年の夏季オリンピックが開かれたホームコート「ロサンゼルス・テニス・センター」があり、当時としては最先端のテニス環境とその華やかな雰囲気に圧倒されました。

続いて訪れたアメリカ南部の街ヒューストンでは、現地のコーチによる指導のもと、アメリカ人プレイヤーも交えての練習を行いました。
アメリカ生まれの日本人選手、トミー嶋田君と出会ったのもこの時でした。彼は後に全日本ダブルスチャンピオンとなる、あのトーマス嶋田重太郎選手です。

その後、アメリカ南西部のアリゾナ州に移動し試合を行ったのですが、なんと初対面のアメリカ人少年・マイケルとペアを組んでダブルスの試合にも出場することに!

僕はあまり英語が話せませんでしたが、互いの気持ちを通わせるには2つのフレーズだけで充分でした。良いプレーができた時は「イエス!」、失敗した時は「ドント・マインド!」です。テニス自体が僕たちにとっての共通言語だったんですね。プレイヤー同士、互いに相手の気持ちは直感的に理解し合えるので、試合中は特にコミュニケーションに困ることはありませんでした。その時僕は、いつも母が語ってくれていた「ラケット1本で、世界中に友達が作れる!」という言葉を、あらためて実感ました。そして「僕は外国人とコミュニケーションできる」とも、確信したのです。

その自信は、その後の中学での英語の授業で儚く砕け散ることになるのですが…。後にそんな現実が待ち受けていることは、この時の僕は知る由もありません。今思うとホント恥ずかしい限りです。

マイケルとはこの試合をきっかけに、試合以外の時間も一緒に過ごすことが多くなりました。自分の英語力では完璧な意思の疎通はできないのですが、まだ無邪気な少年だった僕は、それでも気後れすることなく、自分なりの「英語らしきもの」を駆使して楽しく遊んだものです。こういう怖いもの知らずの性格は、父親譲りなのかもしれません。まして脳が柔軟だった少年時代でしたから、生きた英語をその場で聴きまくり、どん欲に自分のものにしていったに違いありません。しかし残念ながらその時の英語力は、40歳を過ぎた僕の現在の脳内には1パーセントも残っておりません。いつの間にかメモリから完全に自動消去されてしまったようです。あらためて世界に挑戦することになった今、あの時の英語力とコミュニケーション力があれば、どんなに心強かったことか。人生「後悔先に立たず」です。

アメリカ人の中でもう1人、どうしても忘れられない大切な人物がいます。風になびくサラサラの金髪が印象的な白人の女の子です。どうやら僕は、同い年のその子に恋をしてしまったようなのです。澄みきったブルーの瞳で見つめられると、その魅力に吸い込まれてしまいそうでした。あの時は日本に好きな女の子がいたのですが、それさえ忘れてしまうほどメロメロでした。幸運にも彼女とはすぐに親しくなることができ、帰国後も手紙をやり取りする仲にまでなりましたが、残念ながら恋愛関係にはいたりませんでした。仮に遠距離恋愛に持ち込めたとしても、二人を隔てる広大な太平洋は、僕たち小学生にとってあまりにも巨大すぎる障壁となったことでしょう。

先日、あらためて彼女の写真を捜してみたのですが、なぜか1枚も見つかりません。マイケルや日本人の友達、練習風景やパーティーなどの写真はあるにも関わらず、です。不思議に思って捜しつづけると、2/3ほど切り取られた1枚の写真を見つけました。残った1/3の部分には、マイケルがひとりで写っています。もしかすると、僕と彼女、マイケルの3人で撮った写真を切り取って、僕と彼女のツーショット写真に仕立てたのかもしれません。そう考えると、彼女の写真が見つからない理由も見当がつきます。大切な思い出として、恐らくどこか別の場所に保管していたに違いありません。うん、僕ならそうするはずです。それくらい大好きな彼女だったのですから……。

今はその写真がどこにあるのかわかりませんが、恐らく僕の家のどこかにあるはずです。いつの日かきっと、その写真とも再会できることでしょう。

え?彼女の名前ですか?いやぁ、もう忘れちゃいましたって。

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