第39話 切っ掛けはテニス焼け | 佐藤政大 公式サイト

僕が最初に手に入れたクルマは、TE71「カローラ・レビン」でした。あの有名な、AE86のルーツとなった、カローラのスポーツモデルです。

免許を取ってしばらくの間、レッスンなどの際は父のハイエースやふじ子ちゃんのスターレットを借りて出かけていましたが、受け持ちのクラスが多くなるとやはり自分のクルマが必要になってきます。しかし当時の僕には、まだクルマを買うほどの余裕はありませんでした。

そうして困っていた僕を助けてくれたのも、やはりサトウテニススクールの練習生の方でした。
いつも僕を気に掛けてくれる、阿久津さんという方です。

10歳年上の阿久津さんは、僕にとっていわば兄貴のような存在でした。その阿久津さんが新車に乗り換える際、それまで乗っていたレビンをなんと“タダ”で譲ってくれたのです。

このレビンの活躍により、僕は気兼ねなくレッスンに行けるようになり、よりたくさんのクラスを担当できるようになりました。レッスンコーチとして自立できたのも、このレビンのおかげと言って良いかもしれません。

ある日、その大切なレビンに乗って、指導先のTスポーツクラブへ向かっていた時のことです。あと数十メートルほどで入口という地点に差し掛かった所で、ブレーキを踏みこみました。しかしペダルがスコーンと踏み抜けてしまい、まったく減速できません。

もう一度踏み直しても何の踏み応えがなく、まるでスカスカの状態。スピードを落とせない中、僕は慌ててハンドルを切りクルマを入口方向に向けようとしますが、ハンドルが重く、思ったように曲がれません。TE71レビンは、当時ですらすでに旧車の域に達しつつあったクルマで、パワーステアリングが装備されていなかったのです。

「あ、このままでは曲がれない!」。

とっさにそう判断した僕は、反射的にサイドブレーキのレバーに手を伸ばしました。するとクルマはかろうじて減速しました。
僕はブレーキのレバーを握っていた手をとっさに持ち替え、力の限りステアリングを回します。そして何とかどこにもぶつかることなく、Tスポーツクラブの門を通過することができました。

しかしもう、こんな思いをするのは懲り懲りです。今回はTスポーツクラブの入り口だったから良かったものの、もし他の場所だったら、大きな事故になったかも知れません。たくさんの思い出が詰まった大好きなクルマでしたが、残念ながらこのアクシデントを機に、僕はレビンを手放すことを決意したのです。

次に僕が買ったのはマークⅡワゴンでした。高校のテニス部の大先輩、野間さんが乗っていたものを10万円で譲り受けたのです。

ちょうど世の中はステーションワゴンブーム真っ盛り。僕もそのブームに乗り遅れるまいと、少ない稼ぎの中から資金を絞り出し、マークⅡワゴンのドレスアップに精を出していました。

しかしそんなある日、僕は遠征先の湘南で、テニス仲間の先輩が乗ってきた日産プレーリーに衝撃を受けます。流行を先取りしたカスタマイズのセンスは、いかにも都会的で、僕はこのスタイリッシュなルックスに一目惚れしてしまったのです。

僕はその先輩に、「手放す時は必ず教えてください!」と懇願し、必ず購入させてもらう約束を取り付けました。それからしばらくして先輩から連絡があり、僕はこのプレーリーを70万円で手に入れたのです。0円(タダ)だったレビンや、10万円のマークⅡワゴンと比べて、かなり高い買い物となりましたが、この頃には何とかこれくらいの金額は払えるようになっていました。痛い出費なのは事実ですが、最高の宝物を手に入れた気分でした。

僕はその大切な愛車を洗車するため、中学時代の同級生が働くガソリンスタンドを訪れた時のことです。外で同級生と立ち話をしていると、突然「ブウォン!」と大きな音を立てながら、赤いポルシェがスタンドに入ってきました。

そのポルシェは洗車機のそばに停まりました。運転席のドアが開き、中から50歳ほどの強面のドライバーが降りて、そのまま僕たちの方へ向かって歩いてきます。

「ヤバい、ついクルマを見つめてしまったから、ガンを飛ばしたと思われたに違いない」。後悔が頭をよぎります。
しかしそのドライバーの顔を見ると、なぜか満面の笑顔です。そして彼は僕の姿を見るなり「よう、兄ちゃん!カッコいいねぇ!」と、魚屋のオヤジのようなガラガラ声で叫ぶではありませんか。

初対面の相手にいきなり声をかけられた僕は「???」の状態。しかしその中年男性はそんなことを気にもせず、「兄ちゃん、真っ黒に焼けてるねぇ。いやぁ、俺も日焼けサロンに通ってるんだけどさ、兄ちゃんには負けるわ!ガハハハ!」と大声で一方的に話しかけてきます。

それを聞いた僕はホッと一安心。「ああ、この人は僕の色の黒さを褒めてくれているんだ」と理解できました。毎日のように外でテニスをしている僕は、1年中真っ黒に陽焼けしていたからです。

この人、見かけはちょっと怖いけど、なんだか飾り気がなくて気さくな方のようです。初めて会った人ですが、なんだか僕は不思議と親しみを感じました。すると向こうも僕を気に入ってくれたのか、「今度飲みに行こうよ」とグイグイ押してきます。

あまりにも唐突な誘いに戸惑いましたが、僕もつい反射的に「ハイ、よろしくお願いします!」と若者らしく爽やかに応えてしまいました。心の中で「この人は信頼しても大丈夫そうだな。羽振りも良さそうだし、きっと奢ってくれるに違いない!」と確信していたからです。それに、僕がテニス以外のことで褒められたのは初めてのことでしたから、何だかうれしかったのです。

僕はこのオヤジさんのストレート過ぎる人柄に、一瞬で魅了されてしまいました。僕たちはその場で互いの連絡先を交換し、再会を約束したのです。

「今度飲みに行こう」と約束しても、大抵の場合は社交辞令です。しかしオヤジさんから電話が掛かってきたのは、それからすぐのことでした。本当に連絡が入ったことで、僕は「やっぱりあの人はホンモノだ」と思いました。

オヤジさんからのお誘いは「今夜、空いてれば飲みに行かない?」とこれまた直球です。もちろん僕は二つ返事で「ありがとうございます。ぜひご一緒させてください」と即答です。すると「じゃあさ、俺んち来てくれる?場所は○○3丁目の××××の近くだから」とのこと。
なんと僕の実家のすぐ近所じゃないですか。土地勘があるため、僕はその場所がどこなのかすぐに検討が付きました。

約束の時間にオヤジさんの家に向かいました。到着して玄関のチャイムを押すと、「はーい、どうぞ」と若い女性の声がします。ドアを開けてると、2階から娘さんらしい女性が降りてきました。そして次の瞬間、「あ!」と互いの顔を見合わせました。なんと小学校からの後輩ではないですか。オヤジさんは彼女の父親だったのです。

僕が事情を話すと、彼女はにっこり微笑んで父親を呼びました。そして娘さんと僕が昔からの顔なじみであることを知り、オヤジさんも僕に一層に親しみを感じてくれたようでした。そんな偶然も重なり、僕たち二人はまるで昔からの知り合いのように気心の知れた関係となったのです。

考えてみれば、テニス関係者以外の大人と知り合いになったのは、これが初めてのことでした。テニスにしか自信がなく、自分の存在価値に疑問を持っていた僕でしたが、「テニスなんて関係なく、僕という人間を受け入れてもらえた」ことで、僕はこれまでにない喜びを感じていました。

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