第27話 高校で神と出会う | 佐藤政大 公式サイト

上野先生との約束通り、僕は高校1年の夏にインターハイへの出場を果たしました。その時に再会したのが、テニス部OBの野間先輩です。入学早々に行われた春の合宿で、初めてお会いして時以来のことでした。先輩は静岡県内の大学に進学しており、大会が行われた神戸まで遠路はるばる応援に駆けつけてくれたのです。それどころか、僕たちのために練習用のコートの手配などのサポートまでしてくれました。

野間さんはテニス部の第一期生で、創部の立役者でもある大先輩です。野間さんが入学した当時は、まだ宇都宮学園高等学校にテニス部はありませんでした。けれど、どうしてもテニス部を設立して欲しい先輩は、学校側に直談。あまりの情熱に押された学校側は、先輩にある条件を出したそうです。

それは「1年間、校庭の草むしりをすること」。その条件を出したのが、理事長の娘であり、上野先生の伴侶でもある上野通子先生でした。通子先生としては、野間先輩の本気度を計りたかったのかもしれません。普通なら諦めてしまいたくなるような地道な作業ですが、何が何でもテニス部をつくって欲しい野間先輩は、嬉々としてその条件を受け入れ、雨の日も風の日も、毎日ひたすら草むしりに励んだそうです。そして1年後、野間さんは見事にその難題をクリアしたのです。

最初の約束通り、テニス部は設立されました。そして野間先輩の気概に感銘し、通子先生が初代顧問に就任してくれたのだそうです。その後、顧問は夫の上野一典先生に引き継がれ、僕がテニス部に入部することになったのです。

そんな大先輩との出会いは、僕にとって掛け替えのないものとなりました。それまで僕の周りにいた大人たちは、みなガミガミと厳しく接するばかりで、信用ならない相手でした。僕はいつも警戒心を持って大人たちと対峙していました。そんな僕の態度に大人たちはますま強硬になり、僕はさらに反発を強める、といった悪循環が続いていたのです。けれども、野間先輩はまるで違いました。こんな僕にも優しく心を開いて、とても大切に扱ってくれたのです。恐らく初めは僕も、野間さんに対してひねくれた態度を取ったに違いありません。けれども先輩は、僕のそのような一面も含め、柔軟に受け止めてくれたのです。

このことは僕にとって革命的な出来事でした。世の中には「良い大人」もいるんだ。そう思えたのです。こんな気持ちになったのは何年ぶりだったでしょうか。幼い頃は大人を無条件に頼れていたのに、いつしか信頼することさえできなくっていたのです。野間さんと出会ったことで、僕は傷ついた自分の心を客観的に見つめられるようになりました。そしてボロボロになった自分の魂を、ギュッと抱きしめることができたのです。

大学生だった野間先輩とはそれほど頻繁には合えませんでしたが、それでも時折テニス部に顔を出しては、僕たち後輩を可愛がってくれました。高校時代、僕にとって野間さんはまさに「神」のような存在でした。もし野間さんに出会っていなかったら、僕は他人を信用することができないまま大人になっていたかもしれません。でも、野間さんに会えたお陰で、僕は相手を信頼し、気持ちを分かち合うことを知ったのです。そして、“人の優しさ”をはじめて知ったのです。

野間さんはその後、社会人として経験を積み独立、那須高原でテニスコート付きのペンションを経営しています。僕はクラブの子供たちとの合宿する際には、野間さんの宿を利用させてもらっています。

 

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