第7話 裏切り… | 佐藤政大 公式サイト

幼い頃の僕の家は、スポーツの全国大会などが開催される県立運動公園の近くにありました。今でこそ周囲にはスーパーマーケットや飲食店などが立ち並ぶエリアになっていますが、父がこの家を購入した当初は、まだまだ宇都宮市郊外の開発途上のエリア。近くに学校もなく、入学当時は3kmほど離れた小学校まで歩いて通わなくてはなりませんでした。3kmの道は大人が歩いても結構な距離だと思いますが、6歳の子供にとっては途方もなく遠い旅路で、毎日が大冒険のような気分でした。放課後の帰宅時、歩いても歩いても家に着かず、トイレが我慢できなくなってしまて、野原で用を足してしまうこともしばしば。「自然の分解サイクルを活用し、生物界の一員として命の循環に貢献していた」といえば聞こえは良いかもしれませんが、まあ、そんなことも大目に見てもらえた時代であり、地域であったのです。

学校から家までの道のりは、様々な「遊び道具」に満ちあふれています。突っつくと円くなるダンゴムシや、頭を引っ込めるカタツムリにちょっかいを出したり、トカゲの尻尾を踏んづけて切り離したり、水たまりを飛び越えたり、石ころを蹴飛ばしながら帰ったり。時には道端に落ちているエッチな本に心惹かれ、恐る恐る開いてみたことも。道ばたで出会った様々なものに、子供ならではのイマジネーションを最大限に発揮して、いろいろな遊び方を創造していました。そうして入学当初は毎日が冒険のように過酷だった通学路も、1~2か月もすると遊びのワンダーランドへと化していったのです。

やがて季節は巡り、夏にはあれほどたくさんいた虫たちもいつしか姿を消し、青々と茂っていた野の草もすっかりと色を落としていきました。そんな、辺りの空気が少しずつ寂しさを増していった1年生の秋に、あの事件は起こりましたそれは、6歳の少年にとってあまりに堪え難い非情な出来事でした。その事件を通じて僕は、幼心にも「人は裏切るものである」という真理を強く学んだのです。

当時、僕は一番の仲良しで家も近所の○君と2人で下校することが多かったのですが、その日は他に□□・△△・●●という3人も一緒でした。3人は僕たちとは違う地区に住む子供たちで、同じクラスでしたがそれほどは親しい仲ではありませんでした。

そして事件は宅地開発中の造成地で起こりました。まだ家が建つ前の原野のような宅地に落ちていたのは、禁断の「マ・ッ・チ」。そう、火を付けるための道具です。僕たち5人は、両親や学校の先生から「マッチやライターには絶対に触ってはいけません」ときつく言いつけられていましたので、その魅力的な物体に手を伸ばすこと自体に大いなる抵抗を感じました。しかし小さな男の子にとって「いけません」と言われる行為ほど胸ときめくものはありません。「どうしようか?」「ダメだよ!」「ちょっとだけ?」「でも…」「大丈夫かなぁ?」「絶対内緒だよ!」。

僕らはその抗いがたい衝動に耐えきれず、いつしか競うようにそのマッチに手を伸ばし合っていました。そして恐る恐るマッチの箱を開け、中から1本を取り出しました。そうなるともう、後には引き返せません。誰からともなく「火を付けてみよう」という結論が導き出されてしまうのは当然です。しかし辺りは乾燥しきった秋の野原。火は瞬く間に枯れ草に燃え移り、小さかったマッチの火は怖いほど大きな炎へと姿を変えていました。

「火事だ!」「やばい!」「逃げろ!」「俺知らね~!」僕たち5人は一斉に「犯行現場」から逃亡を試みます。しばらくすると、遠くから「ウ~~ウ~~」と消防車のサイレンの音も聞こえてきます。焦った僕は○君と自宅方向を目掛けて猛ダッシュ。一方、□たち3人は別の方向へと走り去っていきます。その後○君とは家の近くで別れ、僕は滑り込むように自宅に戻ったのです。

「ああ、やっと家に辿りたぁ。捕まらなかったぁ。バレなくて良かったぁ。」無事に逃げ切った僕は反省よりも安堵の気持ちの方が先に立っていました。と同時に、家に帰り着いたのちも心臓のドキドキが止まらないほどの、エキサイティングな体験にすっかり魅了されていました。何とも無責任ですが、小学生の男の子なんて、まあそんなもんです。僕はしばらくの間、あの出来事を反芻するように思い出しては、何度もその余韻に浸っていたのです。すると突然、「ピンポーン」と家のチャイムが鳴りました。僕はてっきり○君も興奮を抑えきれなくなって家を飛び出して来たのだと思い、はずむ気持ちでドアを開けました。しかしそこにいたのはなんと、制服姿のお巡りさん。すぐには状況が飲み込めない僕は、玄関で呆然としています。するとお巡りさん、「さっきあそこで火事があったのは知ってるよね」と言うではありませんか。僕はとっさに「知らない!」とシラを切りますが、子供の嘘なんて大人にはバレバレです。僕を追い込むように「□□君が、『マー君(僕のこと)がマッチで火を付けた』って言ってるんだよ」と畳み掛けます。僕はショックで二の句がでません。いいえ、火を付けたことがバレたからではありません。友達だと思っていた仲間が僕を裏切り、罪をなすりつけたことに深い悲しみと強い憤りを覚えたのです。「僕だけじゃありません、みんなでやったんです」。そう涙目で訴えたのですが、お巡りさんは「他人のせいにするのは良くないなあ」と言って取り合ってくれません。3人が言ったことは信じているくせに、僕が言ったことは信じてくれないお巡りさんにも、歯ぎしりするほどの悔しさを感じましたが、やがてその気持ちは諦めへと変わっていきました。そして僕は悟ったのです。「人間は、自分を守るためには他人を平気で裏切る」ということを。このことは、無垢で真っ直ぐな少年の心に深く突き刺さりました。今でも忘れることはない、いいえ、この先も一生忘れることのできない負の人生哲学です。

「もう、誰も信じない」と、6歳にして心に深く刻み込んだその教訓は、その後の僕の人生に大きな爪痕を残しました。ただでさえ心が不安定に揺れ動く10代から20代にかけて、人間不信という傷を胸に抱えながら僕は生きていくことになったのです。このトラウマから解放されたのは、僕が大人になってから。振り返ってみれば、実に20年近くこの十字架を心に背負い込んで生きてきたことになります。

余談ですが、僕らが野原に火を付けてしまった時、その様子を見ていた近所の方が警察と消防に通報。その方が□□を知っていたことから、僕たちの仕業であると判明したとのこと。一方的に僕が悪者にされ、当時は悔しさで一杯でしたが、今では「もし取り返しのつかない大きな火事にでもなっていたら…」と考えるだけでもゾッとします。近所の方の目があったお陰で大事にならずに済んで本当に良かったと、感謝と反省の念を禁じえません。ちなみのその場所は、何事もなかったように今では閑静な住宅街になっています。

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